『あなたがた信仰する者たちよ、アッラーを畏れ、(言行の)誠実な者と一緒にいなさい』

(クルアーン第9章119節)




 ナフジュル・バラーガ Nafj Al−Balagahah
   ---イマーム・アリー・イブン・アブー・ターリブの説教、書簡、格言集 ---




説教32

現世の謗りと人間の部類


おお、皆の者よ! 我々は不正と忘恩の時代に生まれてきた。高潔な人が不道徳とみなされ、抑圧者が非道に進む。我々は知っていることを無用にし、知らないことを理解しようとせず、災難が襲い掛かるまで恐れない。

人間は四つに分類される。まず、地位がなく、手段に欠け、富を持たざるがゆえに危害を加えるのを抑制された人たちがいる。

次に、剣を振りかざして公然と危害を加え、騎手と歩兵を招集し、自身のために富を確保し、軍隊を統率し、説教台に上がり、信仰の消滅を許す人がいる。アッラーの御許で得られることの代わりに現世の享楽で自身を売る。あなた方が許すことは、なんと悪い取引であろうか。

その中には現世の益を求めて来世のための行為をするが、現世の行いで来世の益を得ようとしない人がいる。体は(威厳で)落ち着いているが、少しずつ段を踏み(少しずつ処置を講じ)、服をかざし、信頼に値するようにみせかけた装飾で身を飾り、罪を犯す手段としてアッラーの沈黙を利用する。

次に、弱くて手段がないために土地の征服を控えた人がいた。そのために地位は低いままであったが、彼はそれを安心と呼び、克己という衣を着用する。だが彼はこういった特質とは全く無縁であった。

そして残るのは、(審判の日に)アッラーの御許に帰ることを忘れず、視線を低くし、復活の日を恐れて涙を流す、少数の人びとである。彼らの中には(現世を)追い払って散らばる人びと、恐怖に圧倒される人びと、口輪をはめたように静かな人びと、誠心誠意で礼拝する人びとがいる。悲しみに打ちひしがれ苦しみに乗せられた人びとは、恐怖が彼らを言い表せぬものに閉じ込め、恥辱が彼らを襲った。だから彼らは苦い水の中で口を閉じ、心に傷がある。彼らは疲れるまで説教し、屈辱を受けるまで抑圧され、殺害されて人数は僅かとなった。

あなた方の目に映る世界は、アカシアの樹皮や刈り落とされた羊毛よりも小さい。あなた方に従う人びとがあなた方から指針を得る前に、あなた方の先人の指針を求めなさい。あなた方よりそれに愛着をもつ人びとをも引き離してしまうのだから、その悪に気づいて遠ざかれ。




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